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  2. 2012年09月

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トレード昔話(2)~大勝

幸運にも専業になってからは、
2007のサブプライム、2008のリーマンショックと
トレンドフォローシステムが大活躍する年でした。

このときのことは今でもはっきり覚えています。

特にリーマンショック。
あのときは毎日寝不足で常にストレスを抱えてました。

2008年の9月はほとんどシステムがドローダウン中でした。
今思うとそれはあの暴落の予兆だったのではと思うこともあります。

2008の10月のある日、ドル円は103円台で推移してました。
ちょっと疲れたのでトレーディングルームを出て、横になりながらNHKを見てたら速報が流れました。
戻ってレートを見るとあっという間に100円台前半まで急落していきました。

その日は結局眠れませんでした。

そしてトレードに勝ってから朝、まぶしい太陽を浴びながら散歩した
あのときの感覚が忘れられません。

ヒゲも伸び放題、髪もぐちゃぐちゃでしたが、
ビシッとしたスーツで出勤する人たちを眺め優越感に浸ったものです。


その後ドル円が100円割ってからもポジションは変わらずショート一辺倒でした。
ドル円のほかに豪ドルもユーロも売ってました。

ポジションを少しずつ減らしていこうかとも思いましたが、
その時はルール通りにやり遂げることが強迫観念のように
とりついていました。

とは言え、リバウンドに耐えるのもひと苦労です。
朝になってちょっと2、3時間仮眠をとってまた起きると数十万くらい利益が減ってることもザラでした。

夜起きていても別にやることはないので、寝ればいいのですが、
このときはどうしても目が冴えて眠れませんでした。

この相場が非常に稀な出来事であることは容易に確信できました。

今の自分に、あの時と同じことができるか?と聞かれたら、
確実に NO です。

ラッキーだったということに尽きるでしょう。

たとえば2009~2010に一貫して円を買って稼いだ人も
自分はラッキーだったと言うかもしれません。
だけど、それは日銀介入の恐怖に打ち勝った結果でもあります。


一般的にリーマンショックのような暴落時のトレンドフォローは、
リバウンドで含み益の何割か、下手をすると半分くらいをもっていかれる可能性も十分ありました。

しかしこれも幸運なことに、この時の大きなリバウンドにもうまくそちら方向に乗れて
まさに相場に往復ビンタを食らわせて(通常食らうことが多いですが)やりました。

それは2008年の12月。
すでにかなりの勝ちを上げていた私は、
相場も少し落ち着きを取り戻したのもあって、のんびり温泉旅行に行くことにしました。

温泉地にはネット環境がなかったため、
新規のポジション取らず、いまあるポジションはそのままにして旅行に出かけました。
そうするだけの余裕があったのです。

そうは言っても一応気になって風呂上りに携帯でレートチェックしてみると含み益は伸び続けていました。
短い旅でしたが、結局そのときのポジションで320万を稼ぎました。


温泉に浸かりウマいものを食って、
帰ってくるとお金が増えている・・・作ったような話、夢のような話を
体験しました。

このときが私の絶頂期でした。


・・・トレード昔話(3)へ続く
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トレード昔話(1)~はじめてのトレードはシステムトレード

ご無沙汰してました。

夏の間、ブログのいいネタがないか考えていたのですが、
いいものが浮かばないのでとりあえず昔話でお茶を濁しておきます


私がFXをはじめたのは2005年。

当時は業者も少なく、スプレッドも大きかったので
自然とできるトレードスタイルは決められてました。

スキャルは当然無理で、最低でも1日~数日間保有するスタイルでした。


トレードするに当たって、まず過去の値動きの傾向を調べることから始めました。

ドル円が前日下げたとき、
今日は始値から10pips以上にリバウンドする確率はどのくらいあるんだろう?

確かそんな感じの統計を取ったと思います。

データと言ってもせいぜい過去2年分くらい。

もうめちゃくちゃでした。

それでもそのときは「そこそこ統計的有意性があるぞ」なんて勘違いして
意気揚々とトレードを開始したものです。


そう。私のFXトレードは最初からシステムトレードだったのです。

上の売買ルールは高勝率であったため、最初の2週間くらいは良かったのですが、
すぐにメッキが剥がれ、使い物にならないことを悟りました。
(私のシステムトレードのスタートもこのレベルです^^;)


次に、
研究室で使っていたMatlabで時系列のフラクタル次元を計算させて
トレンドが発生するタイミングを予測するシステムを作りました。

今度はけっこう本格的なシステムでした。
5分足ベースだったので5分ごとにネット上から価格データをダウンロードして
すぐにMatlabで解析して注文するというあぶなっかしいトレードプロセスでした。

最初はすごく手ごたえがありましたが、
トレードプロセスがお粗末すぎたのと、
フラクタル次元のトレンド予測精度が悪かったせいで
これもダメになりました。


次はロケット工学投資法。
MESAで有名なジョン・エーラースの本を買いました。

信号処理的に遅延の最も少ない移動平均を理論的に導く過程や
ヒルベルト変換などに最初は興奮しましたが、
結局これもあまり有用ではありませんでした。(私にとってはという意味)

しかしこの本を通じ、TradeStationと出会います。

次に取り組んだのはトレンドフォローです。
いわゆるドンチャンシステムだとか、ブレイクアウト系など。
ある程度トレード界で確立されたルールの真似ごとを始めたのです。

TradeStationによるバックテストで、
検証作業スピードが格段に上がり、
システムをどんどん量産していけるようになりました。

この頃は1日100ストラテジーのバックテストを行いました。
といっても大半はゴミのようなものばかりです、
その中で良さそうだと思うものを数個残してまた翌日。
システムの作り方は稚拙でしたが、数という意味ではこの時が
もっとも充実してた時期だったと思います。

長期のヒストリカルデータもTradeStationから入手しました。
今まで3、4年のデータで検証してた戦略が過去に遡ってみると
全然ダメだったということはよくあり、それがどうしてなのか、
どうすればいいのか、悩んだ時期でもあります。


FXをはじめてからここまで1年くらい。

その当時は世界経済も上向きで金利も高く、
いまとなっては想像つかないですがドルでさえ4~5%の政策金利でした。

トレンドフォローも効きやすく、
さらにスワップもそこそこの収入になりました。

TradeStationで作ったシステムの中でこれはと思う3システムで
毎月プラスの収益が上がるようになりました。
毎週というわけにはいきませんでしたが、
それでも月単位で負けることはありませんでした。

ポジションサイズを増やしました。
この調子で1年勝ち続ければ、専業としてやっていこう。
本職そっちのけで夢中になってトレードしていたのがちょうど2006~2007年のときです。

ストラテジーはどんどん増えて最終的には
10個のシステムで運用してました。

このときのレバレッジが常時20倍前後。けっこう高めでした。
今のようにレバレッジの規制もなかったため、
リスクは取りたいだけ取れました。

・・・トレード昔話(2)へ続く。

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プロフィール

Author:Phai
4年前に専業トレーダーに転身。
トレンドフォロー系のシステムをメインに複数のシステムで資産運用を行っています。
メンバー100名以上→【FC2限定システムトレードコミュニティを立ち上げました

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